た。
 その時は、まだ早朝のことでありました。神尾主膳の一行が駒飼の宿から出て、いよいよ笹子峠の上りにかかろうとする時分に、不意に傍《かたえ》なる林の中から人が飛び出して、主膳の駕籠わきに転がってしまいました。
「何者だ」
といって家来の連中が立ち塞《ふさ》がると、
「どうかお助けなすっておくんなさいまし、どなた様かは存じませぬが、九死一生《きゅうしいっしょう》の場合でございます、お見かけ申してお願い申すんでございます、どうかお助けなすって下さいまし」
 駕籠の傍へ手をついたのは、なるほど、九死一生と見えて髪は乱れ、白い着物は裂け、身体じゅう突傷《つききず》だの擦傷《かすりきず》だので惨憺《さんたん》たるもので、その上に右の片腕が一本無い男であります。
「次第によっては助けてやるまいものでもないが、其方《そのほう》は何者だ、どうして斯様《かよう》なことになった」
「身延山へ参詣する者でございます、途中で悪い奴に遭ってこんな目に逢わされてしまいました、お話し申せば長いことでございます、ここではお話が申し上げられません。あれ、いま追手がかかります、追手というのはお役人でございます、お役人が
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