を浚って逃げたのではないかとも思われる、そうだとすれば婦人が一人で帰ったのがおかしいけれど、あの片手の無い奴はこのあたりの山に隠れているかも知れぬ」
 猿橋の問屋で逃げられたがんりき[#「がんりき」に傍点]のこと、もしやこの道中のいずれにかと、雑談に耽《ふけ》りながら左右に眼を配りつつ進んで行ったが、笹子峠の七曲りというのへ来た時分に、
「あれあれ、あの谷川で水を飲んでいる者があるぞ」
 駒井能登守が谷底を望んでこう言いましたから、一同はみんな谷底をのぞいて見ました。
 駒井能登守が水を飲んでいたものを見かけたのは、峠が下りになってから五六丁のところで、そこは俗に坊主沢《ぼうずさわ》といって橋の桟道《さんどう》がいくつもかかっていて、下には清流が滾々《こんこん》と流れているところです。能登守が、そこで水を飲んでいる何者かを見かけて声をかけた時は、その者は鼬《いたち》のように山の中へ駈込んでしまいました。
 その駈込んだところを誰もチラと見たものですから、それと言ってバラバラと追いかけます。
 それからの一行は、写生帖も史蹟の話もなくてその怪しい者を捕えるべく、前後左右から遠網にかけるよ
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