連台《れんだい》を持って来ました。屈強な男が二十人ほどでその連台を担《かつ》ぐのであります。
「お役人様方は、どうか野郎共の肩にお召し下さいまし」
与力同心の面々は肩車で越えるということであります。そのほか仲間《ちゅうげん》、槍持《やりもち》、挟箱担《はさみばこかつ》ぎ、馬方に至るまで、みな人足の肩を借りたり手を借りたりして、なかなか大業《おおぎょう》なことでありました。駒井能登守はそれと気がついて、
「宿役人、こんな大業なことをしないがよかった」
能登守は仕方がなしにその連台に乗りました。二十人の人足が曳々声《えいえいごえ》を出してそれを担ぎ上げました。甲州に入っての勤番支配の権威は絶大というべきものです。この街道を通る参覲交代《さんきんこうたい》の大名はあまり数が多くはないが、それらの大名が通る時よりも、勤番支配の通る時の方が鄭重《ていちょう》でありました。能登守は、それがために数多《あまた》の通行の人を留めてしまったことを気の毒に思って、早く手軽に通ってしまいたいのだが、鄭重にするために宿役人は川越し人足の勢揃いや人数配りに手数をかけてなかなかに時間を取るのであります。能登守の連台がやっと担ぎ出されて、与力同心の面々の肩車がそれにつづこうとした時に、上野原の方から慌《あわただ》しくこの場へ飛んで来たのは誰あろう、宇治山田の米友でありました。
二
米友は例の通り跛足《びっこ》を引いて、杖《つえ》をついて、横っ飛びにこの河原まで駈けて来て、
「通してくれ、通してくれ、俺《おい》らが悪いんじゃねえ、まだ出かけねえと言うから、それで安心して待ってたんだ、ところが出し抜かれたんだ、あいつの口前にひっかかって、無駄話をしている間に出かけられちゃったんだ、ぐずぐずしていると俺らが申しわけのねえことになっちまうんだ、どうか通してくれ」
米友は眼の色を変えて川を渡ろうとしますから、宿役人や人足までが驚きました。米友のことですから、あんまり周囲の事情に見さかいがなく、笠と首根ッ子へ結《ゆわ》いつけた風呂敷包が上になったり下になったりするのをかまわず、無論、勤番支配であろうが、与力同心であろうが眼中になく、やみくもに川へ飛び込んで押渡ろうとするから、忽《たちま》ちドッコイと押えられてしまいました。
「やい、手前は何だ」
「通してくれ、通してくれ、無駄話をしているうちに出し抜かれちゃったんだ、こうしちゃいられねえ」
「馬鹿野郎」
「何だい、何をしやがる」
「よく眼をあいて見やあがれ、川の向うもこっちも通行どめなんだ、みんなああして御遠慮をしているのがわからねえか」
「遠慮なんぞをしちゃあいられねえ、人から頼まれて乗物の目付《めつけ》をして来たんだ、それが先へ出ちまったんだ、俺《おい》らはそのつもりじゃなかったんだ、まだ出かけねえと言うから、それで安心して待ってたんだ、悪い奴の計略にひっかかったんだ」
「何を言ってやがるんだい、この馬鹿野郎、引込んでいやがれ」
人足は拳《こぶし》を固めて米友を殴《なぐ》りつけてしまおうとすると、米友はその手の下を潜って飛び出し、
「お前たちの手は借りねえんだ、一人で越すからいいよ」
尻を引絡《ひっから》げて川へ入り込もうとするから、人足どもがバラバラと駈けて来て米友を囲んでしまい、その手を持ってギュウギュウ引き立て、
「方図《ほうず》のねえ馬鹿野郎だ」
ポカポカと二つ三つ食《くら》わせてしまいました。
「おやおや、打《ぶ》ったね」
「まだあんなことを言ってやがる、叩きのめして簀巻《すまき》にしてやれ」
「ナゼ打つんだい、ええ、ナゼ俺らを打ったんだ」
「この野郎、ちびのくせに口の減《へ》らねえ野郎だ」
「まあ、おじさん待ってくれ、打つんならお打ち、打たれてもいいからその代り、おじさんここを通しておくれ、ね」
米友は、それでも人足と争うことの不利なるを覚《さと》ってか、いっぱしの知恵を出して妥協を試みようとしたが、どうしてこの場合、川越し人足が米友の口前ぐらいで承知するものではありません。
「面倒くさいから叩きのめしてしまえ」
争わずしている米友を、またも拳を上げてガンと食らわせました。
「あ、痛え!」
米友も、さすがに面《かお》をしかめて痛みを怺《こら》えねばならぬくらいに手強く打たれて、思わず片手で頭を押えた時に、続けざまにポカポカと拳の雨が来ましたから、米友の癇癪《かんしゃく》が一時に破裂しました。
「もう、勘弁ができねえ、こいつら甲州街道の川越しの人足ども、あんまり人をばかにしやがるない、ここは手前たちの川じゃあるめえ、甲州街道の鶴川だろう、手前たちがこの川を持ってるわけじゃあるめえ、天下様の往来だい、俺らが通ってナゼ悪いんだ、渡し賃が要《い》るならくれてやらあ、手前
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