の真中でも咽喉仏《のどぼとけ》でもお望み通りのところを突いてやる、ちっとやそっと危ねえんじゃねえや」
米友が懐中から取り出した笹穂《ささほ》は先生自身の工夫で、忽ちそれを杖の先に取りつけて、その穂を左の掌《てのひら》で握って下へさげ、石突《いしづき》をグッと上げて逆七三の構え、ちょうど岩の上に立って水を潜《くぐ》る魚を覘《ねら》うような姿勢を取ると、足を払いに来た竹の竿、それを身を跳らして避けると、いま上りかけた人足の面《つら》の真中から血汐《ちしお》が溢れ出して、
「呀《あ》ッ」
仰向けに河原へ落ちる。
「野郎、仲間《なかま》を突きやがったな、さあ承知ができねえ」
血を見ると人足が狂う。
事態、いよいよ危険と見たから、駒井能登守の手にいた与力同心が出動せねばならなくなりました。
与力同心の出動によってこの騒ぎは鎮《しず》まりました。しかし納まらないのは雲助ども、あんな悪口を言われ、且つ面《かお》の真中を突かれた負傷者をさえ一人出している。五分五分の仲裁では納まりようはずがないから与力同心は、両方を押えた後に米友を番小屋の方へつれて来ました。さてその後の裁判がふるっています。
米友に槍で突かれた人足は一人。それは面を突き破られただけで、かなり重い傷には違いないけれど生命に別条はない。だからそれを償《つぐな》うために米友を片輪にしたら承知ができるだろう。しかし米友は跛足であってもう片輪になっている。この上に片輪にしてしまっては命を縮めることになるから、その代りに頭を坊主にして、それで許してやれという駒井能登守の裁判でした。
能登守も笑いながら裁判しました。与力同心も笑いながら、
「それは御名案、どうじゃ川越しども、それで許してやれ、許してやれ、相手はこの通り正直者だから」
与力同心がこう言うと、ハラハラしていた宿役人どももまた笑い出して、
「御支配様のお裁判だ、この男を坊主にして笑ってやれ、若い衆、それで我慢してくれ、我慢してくれ」
八方からこう言われて、さすがの川越し人足も納まりかけました。
「あはははは、この野郎を坊主にしたらドンナ坊主が出来上るだ、見たところ餓鬼《がき》のようでもあるし、ばかに年寄じみたところもあるし、なんだかえたいのわからねえ野郎とっちゃあ[#「とっちゃあ」に傍点]、いいから坊主にして笑ってやれ」
「坊主、坊主」
早くも番
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