間違えて、私を悪者だと思って捉《つか》まえに来るんでございます、今お役人につかまっては、私も言い解くことができませんから、どうか暫らくおかくまいなすって下さいまし、そのうちにキッと私の罪のないことがわかるんでございます、同じことならあのお役人に捉まりたくないんでございます」
「はて、其方を追いかける役人というのは?」
「今、向うからやって参ります、今度、江戸表からお越しになった駒井能登守様というお役人の御人数でございます、あのお方に捉まると私が是が非でも悪者にされてしまいますから、どうかお助けなすっておくんなさいまし、もうこの通り身体が弱っていますから、一足も動けませんでございます」
「なるほど、其方を追いかけて来たのは、駒井能登守の人数であると申すな」
「左様でございます、あれもう、ああやって追いかけて参ります」
「殿様、お聞きの通りの次第、いかが取計らったものでござりましょう」
「よし、助けてやれ」
「では能登守様から故障がありました節は、いかが取計らいましょう」
「拙者が引受けるからよろしい」
 神尾主膳は一諾してしまいました。怪しい奴は弱りきっていたにかかわらず、この一諾を聞いて躍《おど》り上るほどに喜んで、
「有難うござりまする、この御恩は死んでも忘れは致しませぬ」
 神尾の駕籠を拝みます。神尾はそれを見て、
「どこの何者か知らんが、危急と見受ける故、ともかくも一応助けて取らせる。滝田、幸い駕籠が二つ空いている、それへこの者を載せてやれ」
「畏《かしこ》まりました。これ、殿様がお助け下された上に、この乗物をお貸し下さる、有難く心得てこの中へ入れ」
「何から何まで有難うございます、それでは御遠慮なしに、お言葉に甘えまして、どうか御免下さいまし」
 お絹を乗せてつれて帰るべき乗物へ、怪しい奴を乗せてやりました。怪しい奴はすなわちがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵であります。
 そうしておいて神尾は、
「もし能登守の手の者が何とか尋ねても、知らぬ存ぜぬと言ってしまえ、むつかしくなれば拙者が応対に出る、其方たちは取合わずに乗物を進めろ」
 果していくばくもなく、神尾主膳の一行の前にバラバラと駆けて来たのは、駒井能登守の手の与力同心とお手先の者共でありました。
「失礼ながらそのお乗物、暫らくお待ち下されたい」
「何の御用でござる」
「ただいま、一人の怪しき者を追
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