府へ行こうとするその道筋のお関所へ見せる女手形《おんなてがた》のことでありましょう。それを願い出ておいて、まだ下《さが》らないから二人でこんな噂をしているのです。
その翌朝になると女中が、
「旦那様、お客様でございます、山下の床屋からと申しました」
と聞いて、お絹はそれと気がつきました。
「まあ、お待ち、どんな人が来たか見てやりましょう」
お絹はワザワザ自身に立って玄関の襖《ふすま》の隙から表を見ると、先日の夕方、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵と睦《むつ》まじそうに山下の雁鍋《がんなべ》から出て来たお角でありましたから、また居間へ帰って、わざととりすまして、
「何の御用ですか聞いてごらん、お門違《かどちが》いではございませんかと尋ねてごらん」
それで女中が出て行きましたが、暫くたってまた引返し、
「旦那様へ、このお手紙をお目にかけさえすればわかるからと申しました、お客様は女の方でございます」
一封の手紙を取次いだからお絹はそれを取って見ると、長者町の道庵先生からであります。
封を切って読んでみると、その文面は、かねてお預け申してあった娘を、この手紙を持った人が迎えに行
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