ても、つい、いろいろの目に遭ったものでございますから」
「こっちへ来てそんなに御奉公するまでに、なぜわたしを訪ねてくれなかったの」
「まだこっちへ参りまして僅かでございますから、ツイ御無沙汰を」
お松は畳みかけて叱られるのを苦しい受太刀《うけだち》をしていたが、お絹はあんまり深く追及しないで、
「過ぎ去ったことは仕方がないから、これから心を入れかえて下さい。今お前をつれて来た人なんぞも、どうやら性質《たち》のよい人ではない様子、引受けたのが当家の道庵さんや、わたしたちだからよかったけれど、一つ間違えば、お前の身は台なし。ほんとうに危ないところ」
お絹は自分の子を危ないところから助け出したような言葉で言っていますが、これはまるきり作《つく》り言《ごと》ではなく、多少の親身《しんみ》が籠っているようです。
十一
こうして道庵の手からお松は再びお絹の許へうつることになりました。お絹は以前のことを一通り叱言《こごと》を言ってみたりしたけれど、お松の詫び方があまり神妙でしたからお絹も和《やわら》いで、
「お前がそういう気になってくれれば、わたしだって昔のことなんぞを繰
前へ
次へ
全135ページ中91ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング