ことのある女である。そうだそうだ、甲州へ旅興行に出る仕込みのためといって、五十両の融通を人を中に立てて借りて行ったのはあの女に違いない。そんならばことによると、自分が持って来た品物の中に、あの書付が残っているかも知れぬ。お絹は葛籠《つづら》をあけて証文箱を取り出しました。
 忠作と別れる前から、お絹は末の見込みのないことを知って、自分の物は廻しておきました。大切の証文も幾通りか逸早《いちはや》く取纏《とりまと》めて持って出ました。
「有った有った、これに違いない」
と皺《しわ》をのばした一通の証文は、一金五十両也と書いて、女軽業太夫元かくという名前にしてあったから、それであの女が軽業師の興行人であり、その名をかく[#「かく」に傍点]ということまでお絹は知ることができました。こうなってみると、お絹はそれやこれやを種に、二人をいじめつけてやらなければ納まりません。
 その晩は寝ながらも、この仕組みのことばかり考えていました。
 先刻、耳に入れた話、何か預かり物の一件、生娘《きむすめ》だとかお邸奉公だとか言っていたが、あれは何、それを種に使えまいか。そうして店へ入る時に言ったのは、長者町の道
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