頭より発して、刀を抜き放って竜之助に斬ってかかったが、脆《もろ》くもその刀を奪い取られて、あっというまに首を打ち落されてしまったから、一座は慄《ふる》え上ってしまいました。
役人に附いて来た下人《げにん》どもは、もう手出しをする勇気もありませんでしたが、今まで役人どものなすところを歯咬《はが》みをして口惜しがっていた望月方の者でさえも、これには青くなってしまいました。口を利《き》いてくれることは有難いけれども、これではあんまりである、こんなにまでしてくれなくともよかったものを、後難が怖ろしいと、誰も役人の殺されたことを痛快に思うものはなくて、かえって竜之助の挙動《ふるまい》の惨酷《さんこく》なのに恨みを抱くくらいでした。
「飛んでもないことが出来た、仮りにもお役人をこんなことにして、さあこれからの難儀の程が怖ろしい」
蒼くなって口を利く者もなく、手を出す者もなかったのを竜之助が察して、
「心配することはない、これはほんものの甲府勤番の神尾主膳ではない、偽《いつわ》り者である、その証拠には自分がほんものの神尾主膳への紹介状を持っているし、自分の友達はその神尾をよく知っている、これは近
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