《むほんにん》とか兇状持《きょうじょうも》ちとか、碌《ろく》な奴じゃあるめえ。いくら男と見込んで頼まれても、そんなのを預かるのは御免蒙りてえが、それも事と品によっては、ずいぶん引受けてみねえ限りもねえのさ。まあ、どんな人間だか言ってみてごらん」
「先生、謀叛人とか兇状持ちとか、そんな物騒な人じゃございません、女の子でございます、女の子を一人、預かっていただきたいんでございますが」
 ここで片腕のない床屋の親方というのが、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵の変形であること申すまでもありません。道庵先生は、百蔵の口から何事か頼まれると、
「遠くの親類より、近くの他人ということもあるて」
と言って、飄々《ひょうひょう》とその床屋を出かけてしまいました。
 道庵がこの床を出て行くと、入れ違いに、
「少々ものを承りとうございます」
 小股《こまた》の切れ上った女が、小風呂敷を抱えて店前《みせさき》に立って、
「おや百蔵さん」
と言って驚きました。これは女軽業の棟梁《とうりょう》お角《かく》であります。

 それから百蔵がお角を連れて、山下の雁鍋《がんなべ》へ来て飲みながらの話、
「親方、おか
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