取り手だが、何しろ道庵先生に会ってはその敵でないと、つまり自分に心得があるだけに、彼を知り己《おの》れを知るんでげすな、だから指を取られるとすぐに、お前は話せると言って莞爾《にっこり》と笑って、尋常に引上げたところがあれで味のあるところで、道庵さんが敵をとっちめながら、ペコペコお辞儀をして先を立てておく呼吸なんぞも、なかなか見上げたものでございますな、エライものでございます」
輿論《よろん》は往々、土偶人形《でくにんぎょう》をも偉大なものに担《かつ》ぎ上げてしまいます。道庵先生もここで暫く輿論の勝利者となりました。
そのあとで床屋の親方は、道庵先生を座敷へ招いて一口差上げ、
「先生、おかげさまで助かりました。いったいどうしたわけでござります」
「あははは」
道庵先生は笑って、
「あれは二両取りという新手だ、あれで首尾よくとっちめてしまった」
「いや町内では、もう大変な評判で、さっきから入り代り立ち代りお礼にやって来ますが、なんでも先生が柔術の達人で、茶袋を手玉に取って投げたと言って騒いでいますが、その二両取りというのは、やはり柔術の手なんでございますかね」
「あはははは」
道庵
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