うことをなさるんでございましょうね」
歩兵が存外|温和《おとな》しく外した手を、道庵先生が握り締めると、
「ははあ、貴様はなかなか話せる、医者だけあって脈処《みゃくどころ》がうまいわい」
茶袋は急にニコニコしてきました。
今まで威張りくさっていた茶袋が、急に面《かお》を崩して、
「貴様は話せる」
と言って道庵と握手をして、
「よしよし、万事貴様に任せてやる、貴様からこの者共をよく説諭《せつゆ》してやるがよい、拙者も今日のところは特別の穏便《おんびん》を以て聞捨てにして遣《つか》わす」
「いや、どうも有難うございます」
道庵は額を丁と拍《う》って、取って附けたようなお辞儀をした時分には、せっかく包みかけた道庵が危なく転げ出してきました。
「貴様は少々酔っているようだな」
「へえ、いつでも酔っぱらっているのでございます、町内では酔っぱらいで御厄介になっているのでございます」
何かわからないことを言ってまたお辞儀をする。茶袋はその形をおかしがって渋面《じゅうめん》を作り、
「以来、気をつけろ」
と言って出て行ってしまいました。道庵先生の出る幕は、大抵のことが茶番になってしまいます。
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