やらおかしいやら、
「無礼な奴、控《ひか》えろ」
「歩兵さん、そんなことをおっしゃってはいけませんよ、第一、私にしたところで、ここにいるお客にしたところで、みんなこのお江戸で育った人たちですよ、江戸に生れた人で権現様のおかげを蒙らぬ人はござんすまい、その権現様以来の上様の悪口なんぞを申し上げる者が、江戸っ子の中にあるわけのものではございませんよ、ですからそれは嘘《うそ》にきまっていますよ、私が成り代ってこの通りお詫《わ》びを致しますから、今日のところはおおめに見てやっておくんなさんしょう」
 道庵先生だって、責任のあるところへ出て口を利かせれば、そう無茶ばかり言うものではありません。相当の条理を立てて詫びていると、茶袋はいよいよつけあがり、
「貴様は、今ここへ来たばかりで何も事情を知らん、その事情を知らん者が、でしゃばって仲裁ぶりをするとは猪口才《ちょこざい》だ。こっちには確かに訴え出でた人もあり、この通り証拠もある。なお申し開くことがあれば屯所へ出てから申せ、貴様も証人として出たくば引張ってやる」
 歩兵はうるさいから、道庵の胸倉《むなぐら》を取って嚇《おどか》すと、
「歩兵さん、歩
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