のところを言ってるんだ」
「野郎、ふざけたことを吐《ぬか》すな、このお膝元《ひざもと》で、永らく公方様の御恩になっていながら、公方様の悪口を言うなんて飛んでもねえ野郎だ」
雑談が口論となり、口論が喧嘩になろうとするところへ、
「まあまあ、皆さん、お静かになさいまし」
現われたのは、問題の片手のない中剃《なかぞ》りの上手な親方。
「憎い野郎だ、公方様の悪口なんぞを言やがって」
一人は余憤勃々《よふんぼつぼつ》。それを銀床の親方はなだめて、
「少し酔っぱらってるようでございますね」
「太《ふて》え野郎だ、どうも眼つきがおかしいから、あんな奴が薩摩の廻し者なんだろう」
「ナニ、御酒《ごしゅ》のかげんでございますよ」
親方がしきりになだめているところへ、
「これ神妙にしろ、いま公儀へ対して無礼の言を吐いたものは誰だ」
ズカズカと茶袋《ちゃぶくろ》が一人入って来ました。入って来ると共に茶袋は、店前《みせさき》に落ちていた紙片を手早く拾い取って、威丈高《いたけだか》に店の者を睨《にら》みつけます。
茶袋というのは、幕府がこのごろ募集しかけた歩兵のことで、筒袖《つつそで》を着て袴腰《はか
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