んざん》にこのことを考えてしまいました。
 無事に暮らしていたけれども、兵馬のことを考えないわけにはゆきません。兵馬のことは忘れたことはないのに、幾度もそれを考え直さねばならなくなりました。
 深いようで浅い二人の縁、浅いようで深い二人の間、お松にはそれをどうしてよいのかわからない。兄妹のようにして永らく一緒にいたけれど、どうも物足りない。兵馬その人に不足はないけれど、自分よりは仇討の方をだいじがる兵馬が、お松にはどうしても物足りないのでした。
 と言って兵馬さんは、わたしを可愛がらないのではない、わたしをいちばん可愛がっているし、わたしもまた兵馬さんがいちばん可愛ゆいけれども、それだけでは頼りがない。わたしがここでほかへお嫁に行ってしまっても、兵馬さんは口惜しいとも悲しいとも思いはしないで、かえって祝って下さるでしょう、それでは詰らない。お嫁に行ってしまったのを、喜んでくれるような可愛がり方ではそれでは詰らない、とお松はそれを物足りなく思いました。駿河《するが》の清水港で別れてから、船と共に江戸へ着いたお松。船頭が徳島藩の出入りでここへ世話をされて来てから、兵馬の便りは一度、甲府から
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