間町の裏長屋を引払って、この薩州の屋敷の傍へうつることにしました。幸い、三田の越後屋という蕎麦屋《そばや》に雇人の口があったから、すぐそこへ雇われました。忠作がこの蕎麦屋へ奉公して見ると、この界隈《かいわい》の物騒なことは、神田や本所のそれ以上でありました。越後屋は大きな蕎麦屋で、奥座敷などがいくつもあるが、その奥座敷はしばしば一癖ありげな侍に借り切られることがあります。忠作は算勘《さんかん》が利《き》いて才気があったから、出前持をせずに帳場へ坐らせられることになって三日目の晩、店へ現われた田舎者体の男と計らず面《かお》を見合わせて、
「おや、お前さんは……」
「お前さんは……」
 これは甲州の、徳間入《とくまいり》の川の中以来の会見であって、田舎者らしい男は七兵衛であります。

 七兵衛は奥座敷を一つ借り切って、そこで一人で飲んでいると、暫らくして忠作がやって来て一別以来の話になりました。
 お絹のことや、がんりき[#「がんりき」に傍点]のことが出て、七兵衛はかなり忠作をからかっていたが、
「私の姪《めい》がこの蜂須賀《はちすか》様に御奉公をしているんで、それでこうしてやって来ました
前へ 次へ
全135ページ中44ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング