の弥次馬《やじうま》も舌を振《ふる》ってしまいました。

 これが不思議な縁で米友は、その翌日から本所の相生町《あいおいちょう》の箱屋惣兵衛一家の留守番になってしまいました。それで鐘撞堂《かねつきどう》の相模屋から気軽くそこへ移ってしまいました。
 この縁は昨日の高札の一件からであります。米友が高札を川へ抛《ほう》り込んだために、町内からこの家の留守番を押《おっ》つけられたものです。
 米友もまた押つけられたことをかえって幸いにして箱惣《はこそう》の留守番を欣《よろこ》んで引受けてしまいました。
 米友が留守番を押つけられた箱惣の家は大きな家でした。けれども誰も一人も住んではいないのです、ガラあきです。ただの空家《あきや》と違って誰も留守居をし手[#「し手」に傍点]のない空家なのです。昨日、米友が投げ込んだ札の文句にも、「本所相生町二丁目箱屋惣兵衛、右の者商人の身ながら元来賄金を請ひ、府下の模様を内通致し、剰へ婦人を貪り候段……」とある通り、浪士たちに悪《にく》まれてツイこの間の晩、首を斬られて、両国橋へ梟《さら》し物にかけられた惣兵衛の家です。その首が誰がどうしたか直ぐに片附けられて
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