笑されたことを不本意として、ムッとしてきました。
「何がおかしいんだい、俺《おい》らの言うことが何がおかしいんだい」
「若い衆、そう怒るもんじゃねえよ」
 米友がムキになったのをなだめたのは老人。
「こりゃ天誅組というやつなんだから、お役人でも始末にいかねえんだ」
「天誅組というのは何でございます、お爺さん」
 米友は老人の面《かお》を見上げる。
「天誅組というのは、このごろ流行《はや》り出した悪い貼紙《はりがみ》で、疱瘡神《ほうそうがみ》よりもっと剣呑《けんのん》な流行神《はやりがみ》だ」
「そんな剣呑な流行神を平気で眺めている奴の気が知れねえ」
 見物はまたドッと笑い出して、
「うむ、全く気が知れねえ、若い衆、お前なんとかひとつ、その流行神を始末してみねえな、人助けになるぜ」
「ばかにするない」
 米友が眼をクルクルして群集を見廻した、その面《かお》つきと身体《からだ》を見て群集はやはり笑わずにはいられません。高札《こうさつ》よりもこの方がよほど見栄《みば》えがあると思って、
「豪《えら》い!」
 拍手喝采してこの奇妙な小男の、本気になって憤慨するのを弥次《やじ》り立てて楽しもうと
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