うございます、お乗りなさいませ」
兵馬は、この婦人が快く承知をしてくれたのを嬉しく思いました。
しかし、馬に乗りながら見るとこの婦人が、眼に涙を持っているのが不思議であります。
二
こうして宇津木兵馬は、またも甲府まで戻って来てみましたところが、机竜之助の乗物が神尾主膳の邸内へ入り込んだことは確かに突き止めたけれども、それから先どこへ行ったか、それともこの邸内に留まっているものだか、そこの見当が一向つきませんから、ぜひなく非常手段に出でて、夜分ひそかに神尾の邸内へ忍び込んでみようと思いました。
三日目の晩は雨が降って風も少し吹いていたから、兵馬はそれを幸いに、城内の神尾が屋敷あたりまで密《ひそ》かに入り込んで夜の更《ふ》くるのを待ち、追手濠《おうてぼり》の櫓下《やぐらした》へ来て濠端の木蔭に身をひそませている時分に、思いがけなく、濠の中からムックと怪しい者が現われて来ました。片手には金箱《かねばこ》のようなものを抱え、覆面して脇差を一本差し、怪しいと兵馬が思う間に、その男は金箱を濠の端に置いて櫓の方へ、また取って返しました。
まもなく櫓《やぐら》の下から
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