て、さあこうして拙者《わし》が立っているから打ち込んでごらんと、竹刀を片手にそこへ突立っておいでなさるところを、大勢して覘《ねら》って打ち込んでみましたけれども、どうしても身体へ触《さわ》ることができませんでした。眼が見えないであのくらいですから、眼が見えたらどのくらい強いんだかわかりません」
「その盲目《めくら》の武士《さむらい》という者こそ、永年拙者が尋ねている人」
兵馬は一礼して、この家の門を出て行きました。
望月の家を走《は》せ出した兵馬が、この村をあとにしてもと来た道。そこへちょうど通りかかったのは、空馬《からうま》を引いた、背に男の子を負《お》うた女。
「その馬はこれからどちらへ行きます」
「これから三里村を通って七面山《しちめんざん》の方へ参るのでござんす」
「はて、それでは少し方角が違うけれど、拙者はちと急ぎの用があって甲府まで帰らねばならぬ者、お見受け申すに、馬は空荷《からに》の様子、せめてあの丸山峠を越すまでその馬をお貸し下さらぬか」
兵馬はその女の人に頼んでみました。
「お急ぎの御用とあらば……わたくしどもには少し廻りでござんすけれど、お貸し申してもよろし
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