い》らと同じぐらいだねえ、どうしてそんなに低いんだろう」
「そりゃお前、生れつきだから仕方がないじゃないか。背が低くったってお前、おじさんの面《かお》をごらん、皺《しわ》が寄ってるじゃないか、だから年をとってるんだよ」
「それにおじさんは跛足《びっこ》だねえ、どうして跛足になったの、馬に蹴られたんじゃないの」
 子供は正直だから、寄ってたかって米友の身体《からだ》の棚卸《たなおろ》しをしてしまいます。米友もさすがに苦い顔をしていますが、子供のことだから笑っているよりほかはないのを、子供はいい気になって米友の背中へ乗っかかったり、膝を枕にしたりして、
「跛足《びっこ》だって槍は使えるんだよ。ほらこのあいだ両国へ来た印度人の黒ん坊をごらん、あの黒ん坊も跛足だろう、それでも槍を使わせると素敵《すてき》だったぜ。金ちゃん、お前あの黒ん坊を見たかい」
「見なかったよ」
「話せねえな、印度で虎を退治して来た黒ん坊なんだよ、俺《おい》らはお父さんにつれて行ってもらったんだ、ずいぶん怖《こわ》い槍の使い方をして見せたよ」
 米友は、いよいよ苦い面《かお》をしていると、子供は頓着《とんちゃく》なしに、
「それがお前、途中でふいといなくなっちまったから、もう一ぺん見に行くつもりだったけれど詰らねえや。でもこのごろ、また朝鮮から象使いが来るんだとさ」
「どこへかかるんだい」
「前に印度人の槍使いが出たあの軽業の小屋さ、娘軽業というのがあったろう、あれが朝鮮まで行って帰って来たんだとさ、それで朝鮮から象使いをつれて来て、来月からあすこへかかるんだって。だから俺らはまたお父さんにつれて行ってもらうんだ」
「俺らもつれて行ってもらおうや」
 子供たちのこんな話を米友が聞咎《ききとが》めました。
「子供衆」
「何だ、おじさん」
「朝鮮から象使いが来るというのは、あの、なにかい、もと女軽業や力持がいたあの見世物小屋かい」
「そうだよ、もうビラが方々へ廻っているよ」
「それで、もとあの小屋にいた軽業や力持も帰って来たのかい」
「みんな帰って来たよ、久々《ひさびさ》にてお目見え、お馴染《なじみ》の一座、なんて書いてあるよ」
「そうか」
 米友は腕を組んで考え込みました。甲府へ旅興行に出かけたにしてはかなり日数がかかっていたが、ついでに処々の旅興行をして帰って来たものだろう。帰って来たとすれば、何よりも先にお君からの便りがなければならぬ。友さんいま帰ったよ、と言ってお君が真先にこの米友を尋ねなければならないのだ。つづいてムク犬も尾を振って咽喉《のど》を鳴らして跟《つ》いて来なければならないはずなのだ。それにもうビラも出来て諸方へ廻っているというのに、自分のところへ音沙汰《おとさた》がない。お君はこの米友を忘れてしまったのか、あんな仲間へ入っているうちに気象《きしょう》が変って、俺らのことなんぞはどうでもいいことにしてしまったんじゃあるまいか、どうも訝《おか》しい。米友は単純な頭をいろいろに捻《ひね》ってみたけれど結局、米友の知恵ではどうしてもその間の消息がわからないから、これは直《じか》に行って掛合ってみるよりほかはないと思案を固めました。
 しかしながら米友には、あの小屋へ行けないわけがある。見世物小屋の掟《おきて》で、あんなことをしてブチ壊しをやった芸人は、見世物師の背後についている破落戸《ならずもの》が寄ってたかって手酷《てひど》い制裁を加えて追い出すのであったが、米友のは全く無邪気でやった失策《しくじり》であり、且つ槍の名人ときているから、荒っぽいことをせずに単に追放だけで済みました。それを今ノソノソとあの小屋の附近へ近寄ろうものなら、どんな目に遭《あ》うか知れない。両国広小路は米友にとって鬼門《きもん》であるけれど、今はその危険を冒しても米友はそこへ行かねばならなくなりました。
「おじさん、どこへ行くの」
「うむ、俺《おい》らは広小路まで行って来る」
と言って米友は、急に跛足《びっこ》を引きずってこの家を出かけました。

「こんにちは」
 もう開場三日前、小屋の内外の装飾で忙しいところへ米友はやって来ました。
 木戸番は怪訝《けげん》な面《かお》をして米友の面を見ていると、米友は、
「軽業の娘たちはみんな甲州から帰ったのかね、一人残らず帰って来たのかね」
「はい、みんな帰りましたよ」
「では君ちゃんも帰ったんだろう。君ちゃんが帰ったなら、ちょっとここまで面を出してもらいてえ」
「お前さんはどなたでございます」
「君ちゃんに会えばわかるんだ」
「…………」
「こんな人が尋ねて来たって、君ちゃんにそう言っておくれ」
 木戸番は米友の面をよく見ました。
「今こっちの方は忙しいんですから手が放されません、裏から廻って楽屋の方へ行ってごらんなさいまし、楽屋でお聞き
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