離れようといったって離れられるわけじゃない、それに君ちゃんは花形だから、親方の方でもはなすことじゃありません、それを振り切って行くくらいなんだから仕合せ者だよ」
 美人連はこんなことを言って米友を口惜《くや》しがらせました。
「本当のことを言ってくれよう、本当のことを」
 米友は焦《じ》れて歎願するように言いました。
「本当のことはね……本当のことは、やっぱり君ちゃんだけは旅から帰っていないんだよ」
「ほんとうに帰らないんだね」
「それはほんとうだよ」
「よし、それじゃ俺らがその甲府というところへ行く、そうして君ちゃんに会って話をしてみりゃわかることなんだ。甲府は何というところで、何という人の家にいるんだ、それを教えてくれ」
 米友はこう言ってせきこんだけれど、女軽業の美人連はそれほどに行詰ってはいないから、
「まあ、ゆっくりと旅の話をしてあげるから上って休んでおいでよ、お茶を入れるから」
 これらの美人連も一蓮寺では、お君とムクのおかげで危ないところを救われているのだから、それを思えば、お君のためにも米友のためにも、もっと親切に身を入れて応対をしてやらなければならないのですけれど、米友をあんまり軽く見ているから、ツイ身が入らないのでした。
「ちぇッ」
 米友は、もどかしさに舌を鳴らして、気がいよいよ焦立《いらだ》ちました。
「だから旅へ出るのをよせと言ったんだ、それをきかないで出たから悪いんだ。ムクだってそうだ、なんとか役に立ちそうなものじゃねえか、ちぇッ」
 米友が舌を鳴らして立っているところへ、お角《かく》が帰って来ました。
「親方のお帰り」
と言って、美人連の迎えを受けて楽屋へ入って来たお角が米友を見ると、眼に角《かど》を立てて、
「おや、見慣れない人が来ているよ。誰かいないの、ナゼあんな人をここへ通したんだろう、ここへ通して都合のいい人だか悪い人だかわかりそうなものじゃないか、あんな人が小屋の廻りにウロウロしていて人気に触らないと思うのがお目出度いね、ほんとに気の利かないやつらだ」
 お角の機嫌が大へんに悪い。美人連のうちの一人が米友の傍に寄って来て、
「お前さん、早くお帰り、親方に怒られると大変だから」

         十四

 軽侮《けいぶ》と冷淡の限りを浴びせられて米友は、悲憤を怺《こら》えながらこの小屋を出て来ました。ことに親方のお角はどういう
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