ててお嬢さんを受取りに来る人と、企《たく》みをして誘拐《かどわかし》をしようという人と、どちらが白いか黒いか、そういうお方に見てもらおうじゃありませんか」
「お前さんのような下品な人とは口を利くのもいや、勝手にひとりで喋《しゃべ》っておいで」
お絹は座を立って次の間へ行ってしまおうとする。お角は嚇《かっ》と怒りました。
「下品で悪かったね、どうせわたしなんぞは、下品で失礼で阿婆摺《あばずれ》でおたんちん[#「おたんちん」に傍点]ですから、自棄《やけ》になったら何をするか知れたものじゃありませんよ」
お絹の後ろから飛びついて引き戻そうとしました。
「何をするんです」
お絹はそれを突き返しました。
「さあ娘を返せ、お嬢さんをこれへお出しなさい」
お角は突き放されてまた武者振《むしゃぶ》りつく、それをお絹は突き返す。
「まあ、何をなさるんでございます、何卒《どうぞ》お静かに、お師匠様もお静かに、おかみさんも手荒いことをなさらずに」
次の間にいたお松は、見兼ねてそこへ仲裁に入りました。
「おお、お嬢さん、わたしは銀床から頼まれてお前さんを迎えに来たんですよ、お前さんの伯父さんがいま甲州の方から帰って、お前さんを連れて帰りたいというから、わたしが道庵さんまで迎えに行くと、こっちへ上っているというから、わざわざここまで来てみるとこの人が妙な真似をするから、わたしは腕ずくでもお前さんをお連れ申すつもりなんでございます、さあ、こんないやなところにおいでなさらずに、わたしと一緒にお帰りなさいまし」
お角は仲裁に出たお松の手を引張りました。お絹はその間へ割って入り、
「お前さん方のような悪者の仲間へ、この子を渡すことはなりません」
「おや、悪者の仲間とはよく言った」
お角はいよいよ荒《あば》れます。お絹は少しもひるみません。お松がもてあましているところへ折よく、
「まあ、まあ、まあ」
かねて様子を見ていたもののように飛び込んで来たのは七兵衛でありました。
十二
七兵衛のこの場へ飛び込んだことは、すべてにおいて都合がよくなりました。
二人の女をうまく仲裁して、話をそっくりわかるようにしてお角をなだめて帰し、そのあとでお絹と万事話し合って事情がわかり、話を纏《まと》めておいて七兵衛は山下の銀床へ帰りました。
「百、いま帰った」
「兄貴、帰ったのか、
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