かそんな気持がする、これっきり一生会えないような気持がする」
「またそんなことを」
「お前、その畳んでいる着物は、そりゃあの親方さんから貰ったんだね」
「そうだよ、ちょうどわたしの身体に合っているから持っておいでと言って、あの親方さんがくれたの、まだ一度ぐらいしきゃ手を通したことがないんだよ」
「綺麗な着物だね」
「それからお前、櫛《くし》だの簪《かんざし》だの、足袋から下駄まで、そっくり拵《こしら》えてくれたのだよ。なかなか金目《かねめ》のもので、わたしたちが二年と三年|稼《かせ》いだからって、これだけのものは出来やしない」
「お前、そんなにたくさん貰って嬉しいかい、有難いと思ってるのかい」
「そりゃ誰だって、こんなに結構なものを貰えば嬉しいと思いますわ、嬉しいと思えばお礼の言葉も出るじゃありませんか」
「そうだろうなあ」
「ほんとうに、あの親方さんは親切な人ですよ、自分の妹のように、わたしの面倒を見てくれますから」
「けれどもね、君ちゃん」
「ええ」
「あれは本当の親切ですると、お前は思っているのかね」
「本当の親切?……本当も嘘もありゃしない、このせちからい世の中に、こんなにして
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