間へ帰ってからお絹は、机に凭《もた》れてホッと息をついて、
「ほんとに厭《いや》になってしまう、あんな子供のくせに朝から晩までお金のこと、元金《もときん》がいくらで利息がいくら、それよりほかに言うことはありゃしない。あっちから来るときは賢そうな子だから、見処《みどころ》がありそうに思って、つれて来てなにかと世話をしてやろうと来て見れば、殿様は甲州|勤番《きんばん》、わたしもこれからどうして世渡りをしようかと戸惑《とまど》いをしていたところへ、どうしてあの子が聞き出して来たか、金貸しをすると儲《もう》かると言い出して、その利息勘定などを、わたしの目の前へ持って来て見せるものだから、わたしも眼から鼻へ抜けるようなあの子の賢いのに感心して、それではまあ、やってごらんと言って、それからあの子の持っていた金の塊《かたまり》と、わたしの使い残りのお金を資本《もと》にして、はじめさせてみると、調子はいいにはいいが、ああ細かくなって元金と利息のほかには眼がないようになってしまったのでは、末のことが思われる。このごろでは、コマシャクれた厭な餓鬼《がき》だ、見るのも厭になってしまった。なんとかして、わたしはわたしだけのお金を持って勝手に暮してゆきたい、そうしなくちゃ、ばかばかしくて仕方がない」
お絹は続いてこんなことを考えていました。
「今晩はどこへか出かけてやろう。それにしても困ったのはお金、いちいちあの子が勘定して封印をして、ほかの人には手もつけさせないようにしてあるんだが、ひとつ探してみてやろうか。あとで文句を言うだろう。なるほどこうして置けば、お金はズンズン利に利を産んで殖《ふ》えてゆくだろうけれど、遣《つか》えないお金では全くつまらない。よし、帰って来たら、相談をして、わたしの取るだけのものは取って別れてしまおう、わたしはその金で、一軒を立てて、お花のお師匠……もうそんなことをしてもいられない、いいかげんの相手があれば……と言って、好いたらしいのは頼みにならないし、頼みになりそうなのは碌《ろく》でもなし、どうしていいかわからない」
お絹は忠作をうまく使って、番頭も小僧も兼ねた仕事をさせ、自分は蔭で好きなことをして面白おかしく暮そうという目算であったのが、その事業はどうやら思うようにゆくが、お絹の目算は外《はず》れ、肝腎《かんじん》の金銭の出納《すいとう》、収支の自由は忠作
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