、自分が川柳《せんりゅう》をやることだの雑俳《ざっぱい》の自慢だのを、新しそうな言葉で歯の浮くように吹聴《ふいちょう》する。兵馬はいよいよくだらない折助だと思ったが、ただくだらないばかりではなく、兵馬の話しぶりを見ては折々ひっかけるようなことをする。これでは犬に逐われるのも無理はないと、胸に不快な思いをしながら、ともかくも竜王村へ入って来ました。
竜王村へ入って村を横切ると釜無川《かまなしがわ》の河原へ出ます。信玄の時代に築かれたという長さ千間の一の堤防《だし》。その上には大きな並木が鬱蒼《うっそう》と茂っている。右手には高く竜王の赤岩が聳《そび》えている。金公が先に立ってその堤防の並木の中へ分けて行く時分に、さきほどから怪しかった時雨《しぐれ》の空がザーッと雨を落してきました。
金助は、兵馬の先に走って、同じ堤防の並木の中の、とある神社の庭へ走り込んで、
「こんにちは、こんにちは」
戸を叩いたのは三社明神の堂守《どうもり》の家。
「金公かい」
破れ障子から面を出したのは腰衣《こしごろも》をつけた人相のよくない大入道。
「木莵入《ずくにゅう》いたか」
ここは神社であるはずなのに、この堂守は怪しげな僧体をしているから、兵馬は変に思っていると金公が、
「さあ、どうかお入りなすっておくんなさいまし、これはわっしどもが大の仲よしで木莵入と申しまする、見たところは気味の悪い入道でございますが、附合ってみると気の置けないおひとよしの坊主でございます」
金公は金公で、この坊主を捉《つか》まえて木莵入木莵入と言い、坊主は坊主で金公を捉まえて金公金公と呼捨てにしているところを見れば、なかなか懇意な間柄らしいが、兵馬はここで雨宿りをするつもりで中へ入って見ると、炉の中には釜無川で取れる川魚が盛んに焼かれてあるし、貧乏徳利がいくつも転がっています。
雨はなかなかやみそうもないから、兵馬もつい勧められるままに草鞋《わらじ》を取って上へあがりました。
そうしているうちに、坊主と金公が碁を打ちはじめました。見ていると金公もかなりに打てる、坊主はなかなか強い、金公に三目置かして打っているがまだ坊主の方がずっと強い。金助はしきりにキザな面《かお》をして例の歯の浮くような文句と一緒に石を並べて、時々キュウキュウ言わせられていると、坊主はそのたびごとに高笑いをして金公を頭ごなしにばかに
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