ても折れることはない、結構なものを手に入れた。近いうちに甲府へ行って献上しようと思うていたところへ、貴殿がここへおいであったというは幸い、それでこの通りに押して参上」
抜身《ぬきみ》の槍を抱えて竜之助は程よいところへ坐り、穂先をズッと燈火《あかり》の方へ向けたから、擬いの勤番連は煙《けむ》に捲かれて、
「なるほど、うむ、その槍が……」
「こういう品は今時《いまどき》、この山国でもなければ滅多には出て来ないわい、いざ神尾殿、よく穂先から込《こみ》の具合まで、鑑定《めきき》して御覧あれ」
竜之助はその槍の穂先を、擬いの神尾主膳の方へ突きつける。
「なるほど、これは見事な槍、近頃の掘出し物、なるほど」
「御所望とあらば進上致す」
「いかにも珍らしい槍、頂戴して甲府へのみやげにしたい」
「それはお安いこと、進上致そう。その前に一応の鑑定《めきき》が所望」
「いや、我々には目が届かぬ、貴殿の御鑑定では?」
「目のあいた神尾殿に鑑定の届かぬものを、目のない拙者になんで鑑定ができよう」
「しからばこのまま頂戴致す、誰かこの槍を頂戴して床の間へ飾れ」
擬《まが》いの神尾主膳に附添いの者共はみな集まって来たし、この家の主人や婢僕《ひぼく》までもみな廊下のところに、そっと様子を見に来ている。その向うには、望月家を初め、土地の古老たちまで面《かお》を並べて怖る怖るこちらを見ています。
「いや、神尾殿、槍は貴殿に進上致すが、貴殿の方から拙者も頂戴致したいものがある、なんとお引替え下さるまいか」
「この槍と引替えに何を御所望かな」
「拙者には別に望みはないが、もとこの槍は望月家秘蔵の槍、よって望月家へ相当の謝礼をしてもらいたい」
「望月家へ謝礼とは?」
「もとより金銭に望みはない、先刻お引連れになった望月家の若主人、これは望月家にとって槍よりも大切な品、それとこの槍とお引替えが願いたい、その仲人《ちゅうにん》は山崎譲」
「ナニ」
「この槍と望月の若主人とを引替えてもらいたい」
「黙らっしゃい」
「黙れとは?」
「言わせておけば方図《ほうず》もない、いったい貴様は何者だ、山崎譲の名を騙《かた》って拙者共の部屋へ案内もなく推参する不届者《ふとどきもの》、拙者共の知っている山崎は貴様のような盲目《めくら》ではない、病人ではない、このうえ無礼を申すと手は見せぬぞ」
擬いの神尾主膳は堪《たま》
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