いるという話だけれど、こっちの方を通ればそんなものは出て来やしない」
「けれども、あっちを通れば徳間の方へは近いのだろう」
「近いには近いけれど、なにも、わざわざお化けや狼に食われに行かなくてもよかろう」
「そうお前のように、いちいち理窟攻めにされてはたまらない、ただ聞いてみただけのことだよ」
「だから親切に教えて上げるんだよ、燧台《のろしば》の後ろへは土地の人だって行きゃしない」
「そうして小僧さん、お前はお化けや狼の出るという山の傍で、鮪《まぐろ》や鯨より大きな金目《かねめ》のものを持っていて、それで怖《こわ》くはないのかい」
「ナニ、怖いことがあるものか、悪いことをしていなけりゃ怖いことはねえ」
「それでもお前、その袋にいっぱい入っている黄金《きん》の塊《かたまり》を盗まれたらどうする」
「ははは」
「泥棒が、お前の後ろから不意に出て来て、その黄金の塊をよこせと言ったらどうする」
「ははは、よこせと言ったら遣《や》っちまうよ、この袋の中にある黄金なんぞは、いくらのものでもありゃしない」
「でもお前、大金だろう」
「ナーニ、これっぽっち。気の利いた泥棒はこんなものに目をくれやしない、俺《おい》らはまだ、ウンと山の中へ隠しておくんだ」
「どこの山へ」
「そりゃ教えるわけにはいかねえ」
「ちっとわけてくれないかい」
「おじさん、黄金が欲しけりゃ、私の弟子におなりよ、一山当てれば何百万両になるんだから、泥棒よりよっぽど割がいいよ」
七兵衛はこの子供にまくし立てられてしまいそうで、思わず苦笑《にがわら》いをしたが、
「ときに小僧さんや、お前は金をたずねてこうして山奥を歩いているらしいが、私共はちと人を尋ねてこの山の中へ来たもんだ。お前はこの二三日に、この入《いり》で人を見かけなかったかい」
「見かけたよ」
「どんな人を見かけたい」
七兵衛も少し乗気になる。
「山の娘たちを見かけたよ」
「山の娘たちというのは?」
「山の娘たちというのは、この国から出て、他国へ商売に行って、この国へ戻る娘たちのことだよ」
「そうか、そのほかには?」
「そのほかにはお前さんを見かけたばかりだ」
「刀をさした人とか、脇差《わきざし》を持った人、そんな人は見かけなかったかい」
「そんな人は……そんな人は見かけなかったよ」
「では、その山の娘たちというのは、どっちから来てどっちへ行ったえ」
「
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