このがんりき[#「がんりき」に傍点]にはできませんな」
逃げ腰になっていたがんりき[#「がんりき」に傍点]が、腰を落着けて言葉に力を入れる。
「いや、拙者は拙者で別にまた道がある、実はふとした縁であの女の世話になったが、心苦しいことがある、それで離れようと思うていたが、ちょうど幸い、お前が横合いから欲しいというによって、お前に任せたい」
「そりゃいけません」
がんりき[#「がんりき」に傍点]は首を左右に振り、
「それじゃあ事に面白味がありません、からっきり張合いにもなんにもなるもんじゃあございません、人のお余り物をいただくような心で、女をもの[#「もの」に傍点]にしてみようというような、そんながんりき[#「がんりき」に傍点]とはがんりき[#「がんりき」に傍点]が違います」
がんりき[#「がんりき」に傍点]は力《りき》み返る。竜之助は苦笑《にがわら》い。この小賢《こざか》しい小泥棒め、おれに張り合ってみようというのでさえ片腹痛いのに、死んだ肉は食わないというような一ぱしの口吻《くちぶり》。刀の錆《さび》にするにも足らない奴だがよい折柄《おりから》の端役《はやく》、こいつに女のいきさつをすっかり任せてしまえば、女の絆《ほだし》から解かれることができる。竜之助はこうも思っているらしい。
がんりき[#「がんりき」に傍点]はそれと知るや知らずや、
「女というものは、上手に拵《こしら》えるよりも上手に捨てるのが本当の色師だ、いい幸いでお譲りを受けて、持余《もてあま》し物《もの》をおっつけられて、それで色男で候《そうろう》と脂下《やにさが》っているには、がんりき[#「がんりき」に傍点]は、こう見えても少し年をとり過ぎた、そんな役廻りは御免を蒙《こうむ》りてえ」
少しく声高《こわだか》になって、ふいと気がついたように、
「やれやれ、根っから詰らねえ痴話《ちわ》でたあいもねえ、それは冗談でございますが先生、こんなことも他生《たしょう》の縁とやらでございましょうから、これからわっしどもも先生と御新造のお伴《とも》をして、江戸まで参りましょう、道中ずいぶん忠義を尽しますぜ」
この時、破《こわ》れた扉がガタリという。
扉がガタガタと動いたかと思うと、そこへ身を現わしたのはお絹でありました。
「やあ、これは御新造様」
がんりき[#「がんりき」に傍点]は迎えに出る。
「どうもた
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