は、七兵衛の野郎を出し抜いたのが面白いんでございます、その次には、あの切髪の御新造《ごしんぞ》を烟《けむ》に捲いてやったのが面白いんでございます、それから先生――先生を馬に乗せてこっちの方へお連れ申すと、あとから七兵衛と、それから先生を仇《かたき》だといっている若い侍と、それからもう一人、あの艶《あで》やかな御新造が追蒐《おっか》けて来るにきまっている、そこでまた面白い一仕事があるんでございます」
がんりき[#「がんりき」に傍点]は、自分が筋書《すじがき》を書いて役者に踊らすような気取り。
「がんりき[#「がんりき」に傍点]」
竜之助の声が、少しばかりひやりとする。
「何でございます」
「いたずらも仕様がある、へたなことをすると命がないぞ」
「へへ」
がんりき[#「がんりき」に傍点]は、これまた少しばかり退《さが》り気味で、
「そりゃもう承知でございます」
竜之助は左へ置いた刀を引く、斬るつもりでもなく嚇《おど》すつもりでもないらしい。
「先生、まだお斬りなすっちゃいけません」
がんりき[#「がんりき」に傍点]は片手を出して押えるような真似《まね》をして、
「先生の前にはこうして兜《かぶと》を脱いでいるんでございます、とても腕ずくで先生に勝つことができませんから、それでツイいたずらがしてみたくなるんでございます、そのいたずらがやり損なった時は、立派に斬られて死にましょう、まだ板にかけねえんでございますから、もう少しどうか御辛抱なすって下さいまし」
竜之助は膝まで引いて来た刀。いつもこの辺まで来れば大抵は人を斬っているのです。がんりき[#「がんりき」に傍点]は、前よりもまた少し後ずさり気味で、
「先生」
竜之助の横面《よこがお》をじっと見込んで、
「どうも、先生の形が気味が悪くっていけませんな、いつその長いのがヒヤリと飛んで来て、わっしの身体《からだ》が二つになるんだか見当がつきませんからな。どうか刀をお置きなすって下さいまし、そうでなければ近いところでお話をすることができませんから――そのいたずらというのはでございますな、先生」
がんりき[#「がんりき」に傍点]は、やや遠くから用心をしいしい、それでも人を食ったような物の言いぶりで、
「先生――折入ってひとつ先生にお願い申してえことがあるんでございます、それはほかでもございませんが、あの年増の御新造、
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