々《りゅうりゅう》、今日という今日は、きれいに生捕《いけど》ってしまって、さいぜん駕籠にお乗りなすったままそっくりお連れ申して、そこで今頃は三保の松原へ連れて行かれて、首になっているだろうと、こういうわけなんで」
「わたしにも似合わない、すっかり老爺《おやじ》に引っかけられてしまった」
お絹は駈け出して、前《さき》の茶店の方へ行こうとすると、
「まあ、待ちなさいまし」
がんりき[#「がんりき」に傍点]はその袖を控えて、
「まだ、お話し申し上げることがあるんでございます、それだけでは、まだほんの序《じょ》の口《くち》で、盲目の剣術の先生や七兵衛が今どこにいるか、それもおわかりになりますまい」
「三保の松原だと言ったじゃないか」
「三保の松原には違いありませんが、三保の松原も広うございますから。なあに、まだ大丈夫でございます、首になるような気遣《きづか》いはございません、とにかく一通りお聴きなすって」
「早く話してごらん」
「ここまでは私も七兵衛の方へついて片棒《かたぼう》を担《かつ》いでやりましたが、これから一番、裏切りをして、お前様の方へ忠義を尽してみてえんで」
がんりき[#「がんりき」に傍点]は、お絹を人通りの少ない木立の方へ引張り込むように並んで歩いて、
「ナニ、七兵衛の友達といったからって通り一遍の仲なんですから、どっちへ転んだって、大した義理が欠けるわけじゃございません、あの野郎にこれだけ尽しておけば、これからまた持役《もちやく》を替えて踊ってみてえんで……その机竜之助という剣術の先生、それは敵持《かたきも》ちのお方でござんしたね、敵と覘《ねら》う相手がちょうど船で清水の港へ来ているんで。そうして七兵衛と打合せがしてあって、江尻《えじり》の宿の外《はず》れで名乗りかけることにしておいたのを、お前様方が久能山道へお廻りなすったものですから、趣が変って三保の松原という段取りになったので……それで鶴屋へ送り込むようにおっしゃったあの乗物を、途中から七兵衛が行って折戸《おりど》の方へ曲げて、三保の松原へ連れ込んだところなので。そこには敵《かたき》の相手の、なんと言いましたか、まだ若い人だそうで、その人が待っている、その上に荒っぽい船のやつらが網を張って逃げられねえようにしている、そこのところへ、あのお乗物がすっぽりと陥《はま》り込んだというわけですから、いい気
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