に思われて肩をすぼめ、横を向いてしまいました。
がんりき[#「がんりき」に傍点]が胸を打たれた次に、
「お前さんには二枚上げる」
上人は、その次に来た若い婦人には名号《みょうごう》の札を二枚やったのであります。
「有難うございます、有難うございます」
女はおしいただいて次へ通って行く。がんりき[#「がんりき」に傍点]の傍で人の話、
「あれは身持ちなんだよ、あの女は身持ちのおかみさんだ、上人様にはどうしておわかりになるか、わたしどもが見たんでは、まだ様子ではわからないうちに、上人様はちゃんとお見分けなされて、身持ちの女には必ず二枚ずつをお授けなさる」
がんりき[#「がんりき」に傍点]はそれと聞いて、いよいよ煙《けむ》そうな面《かお》。
その次には、おそろしく衣裳《いしょう》を飾ってお化粧をした町家《ちょうか》の年増《としま》。
「おやおや、あれは浜松の酒屋のお妾さんだが、どうして信心ごころが起ったろう、大へんにめかし[#「めかし」に傍点]込んで来たが」
その女が上人の前へ出ると上人が、
「ああ、お前の身には不浄《ふじょう》がある。それを洗って来なければお札は上げられない」
女は真赤になって俯向《うつむ》いてしまいましたが、やがて何か気がついたらしく、
「ああ、どうも済みませんでございました」
気軽に上人の前を辞して、暫くたって庫裡《くり》の方へ引返しながら、
「ほんとうにどうも、上人様の前へはうっかり出ることはできません。わたし今日、何の気なしにいつもの通り白粉《おしろい》を塗る時、鶏卵《たまご》の白味を使ったものですから、それで上人様が不浄があるとおっしゃいました。それ故、お湯に入ってこの通り素面《すがお》になって参りました」
どこで湯に入って来たか白粉をすっかり洗い落して、再び上人様の前へ出ると、上人はなんとも言わずに札を授けてやりました。
それから何人もずんずんと進行していきましたが、あとからあとからと詰めかける人で、いくら静かにしても自然、押合いの気味になります。上人は、また一人の男に向って、
「これこれお前は、どうも穀物渡世《こくもつとせい》をしているようだが、桝目《ますめ》を削《けず》って金銭を貪《むさぼ》るような様子が見える。その日その日の暮しを立てる食物の、量を削って己《おの》れを肥《こや》そうとするような者には往生はできぬ、心を改
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