行こうというのだ、お前さんも江戸へお帰りなら、一緒に舟で行こうではないか」
「私共は、あの大船に乗るようにきまっておりますから」
「左様でござるか。それでは舟の出るまで、ドレ一ぷく」

 道庵先生の一行は、与兵衛の仕立ててくれた舟で桑名から宮へ向う。
 兵馬とお松とお玉とを乗せた若山丸は、十六反の帆を揚げて大湊の浜を船出する。
 米友の身体《からだ》も道庵先生の力によって旧に復するし、机竜之助もまた計らずも道庵先生の力によって幾分か視力を回復したらしい。七兵衛はムク犬と一緒にどこへか駈けて行ってしまった。やくざ旗本を先へ帰して、ひとり残ったお絹も、そういつまで遊んでいられるものでないから帰りの仕度をする。これらの連中の心々はそれぞれ違うけれども、そのめざして行くところは、みんな東の空であります。



底本:「大菩薩峠2」ちくま文庫、筑摩書房
   1995(平成7)年12月4日第1刷発行
   1996(平成8)年2月15日第4刷
底本の親本:「大菩薩峠」筑摩書房
   1976(昭和51)年6月初版発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りに
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