らいなもんだ」
「それじゃあ済まないけれど、そうしておくれ」
「そうしてやらあ」
 米友は無雑作《むぞうさ》に帯を解いて、自分の着ていた着物を脱いでクルクルと纏《まと》めてお玉に渡します。
 なるほど、米友は自分で裸の方が好きだという通り、見た目にも裸の方がよろしいのでありました。着物を着ていたんでは小兵《こひょう》の米友の肉の締りかげんはわからないが、着物を脱ぐとはじめてその筋肉の美観が現われる。名工の刻んだ四天王の木彫を見るような骨格肉附。
「ほんとうに友さんの身体は小柄だけれどもよく締まっていること」
 お玉はお愛想を言って、米友の脱いで貸してくれた着物を受取ります。
「火を焚きつけてやろう、火をひとつ」
 持って来た所帯袋から米友は火打を取り出して、松葉や枯枝を掻き集めて焚火をはじめると、お玉は後ろを向いて帯を解いて上着から脱ぎかける。
「早く引き上げてもらったから、水の透《とお》らないところもあるけれど、帯の間なんぞは、こんなにグチャグチャ」
 帯にも下締《したじめ》にも水が入っている。
「風邪《かぜ》でも引くといけねえ」
 米友は猿のような口を尖《とが》らして火を吹く。お玉は上着を脱いでしまうと下着、その上着だけを米友が手早く取って干場へかける。
 下着と襦袢とを一緒に脱いで、後向きにお玉の半月のような肩が顕《あらわ》れる。火を吹いていた米友が、
「それ、何か落っこった」
「調戯《からか》っちゃいけないよ」
「何か落ちたよ」
「そんなことを言うもんじゃありませんよ」
 お玉は赤くなって、素早《すばや》く米友の着物を着換えてしまう。
 お玉は米友が、わざと調戯っているのだと思っています。
「大事なものじゃねえのかい」
「およしなさいよ」
「それ、そこに」
「いやだね」
「そこに白いものが落ちてるじゃねえか」
 白いものと言われて、お玉はハッと気がつきました。米友は調戯《からか》っているのでもなければ嫌味《いやみ》を言っているのでもない、またそういうことの言える人間でもないのであって、事実、お玉が着物を着換えようとしてそこへ取落したものがあったのです。
「アッ、これは」
 事に紛《まぎ》れて今まですっかり[#「すっかり」に傍点]忘れていたが、これは昨晩、備前屋の裏口で幽霊のような女から頼まれた手紙――金の方は包みかけて置きっぱなしで逃げて来たが、手紙だけは懐ろへ入れていたのを、この時までちっとも気がつかなかった。落してみればその手紙、同じようにグッショリと濡れ切っていました。
「これは大切なもの、今まですっかり忘れていた」
 お玉は、あわててそれを拾い取って、
「申しわけがない、こんなに濡らしちまって」
 この時、米友の焚きつけた火はよく燃え上る。
「手紙かい、濡れたんなら、ここで乾かすがいい、火であぶってやろう」
 大事そうにお玉は濡れた手紙を取って米友に渡しながら、
「昨晩《ゆうべ》、備前屋で頼まれた手紙、懐ろへ入れたまんまで今まで忘れていました。ああ、お金の方はどうなったかしら」
「頼まれ物は大事にしなくちゃあいけねえ。おやおや、グショグショだ、封じ目もなにも離れちゃった、このままでは手がつけられねえ。おっと待ったり、いいことがある、この笠の上へ拡げて、遠火《とおび》であぶるとやらかせ」
 被《かぶ》って来た笠の上へ濡れた手紙を置いて、封じ目もなにも離れてしまったから、爪の先で拡げて火の傍へ持って来ます。その間にお玉は米友の衣裳《いしょう》に着替えてしまって火の傍へ来ると、米友は干場にかけた着物を表は天日《てんぴ》で、裏は焚火で両面から乾かすようにしておいて、二人が焚火を囲んで座を占めます。
「紙の方が乾きが早いや、もうこれカサカサになった、もとのように捲《ま》いて封じ目を拵《こしら》えておいてやれ」
 笠の上の濡れ手紙が乾いたから、米友はそれを捲き直そうとすると、
「友さん、お前は字が読めたねえ」
「読めなくってよ、いろはにほへとから源平藤橘《げんぺいとうきつ》、それから三字経《さんじきょう》に千字文《せんじもん》、四書五経の素読《そどく》まで俺らは習っているんだ」
 米友は少しく得意の体《てい》。
「それはよかった、それではその手紙は、どこへ届けるのだか読んで下さい」
「何だって? お前、届先を聞かねえで手紙を頼まれて来るやつもねえもんじゃねえか。どれ、読んでみてやろう」
「読んで下さい、こんな騒動がなければ早く届けて上げるんでしたに」
「エート」
 米友は仔細《しさい》らしい面《かお》をしてその手紙の表を見て、
「女文字《おんなもじ》だね、女にしちゃよく書いてある。なんだ……大湊《おおみなと》、与兵衛様方小島様まいる――おやおや、この宛先は大湊だよ」
「まあ大湊……それではまるでこことは方角違い、早く届けれ
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