ます」
「ははあ、なるほど」
竜之助の面に、やや気の毒そうな苦笑《にがわら》い。
「さてさて、二人揃うて一つの目が明かぬとは……」
お玉は真赤になってしまって、今宵《こよい》という今宵、はじめて字を知らぬことの恥辱を感じたのでありました。
「それでは手紙は後のこと、この手紙を届けてくれた女の身の上を話してもらいたい」
「はい、この間の晩、古市《ふるいち》の備前屋という家へ、わたくしが招かれて参りました」
「備前屋というのは?」
「それはあの、大楼でございます」
「大楼とは?」
「遊女屋」
「遊女屋――なるほど」
「そこへ招《よ》ばれて参りまして、その帰りにこのお手紙を頼まれたのでございます」
「その備前屋というのへそなたが招ばれて……何のために招ばれました」
「あの、歌をうたいに」
「歌をうたいに?」
「はい、わたくしは、間の山へ出ておりまする玉と申しまして、賤《いや》しい女でございまする、歌をうたいに招ばれましてその帰りに、あの家の裏口から、不意に女の方がおいでになって、このお手紙と、それから一包みのお金とをわたしに渡して、この手紙の上書《うわがき》にあるところへ届けてくれと申しました故、わたくしは何の気もなくお請合《うけあ》いを致しました」
お玉は、あの晩の筋を一通り繰返して、
「そうして翌日は、早速お届けを致しましょうと思っているところへ、どうしたわけだか知りませんが、お役人が来て、無理にわたしを召捕ってしまおうとなさるから逃げ出して、逃げ歩いて、やっとこちらへ参ったのでございまする、それ故、せっかくのお金も打捨《うっちゃ》っておいて、お手紙だけは懐《ふところ》へ入れておいたのを、後で気がついたようなわけでございます。そういうわけでございますから、どうぞ御免あそばして下さいまし」
お玉はお詫びの心のみが先に立つのでありました。
「ただ、それだけの御縁でございます、お名前も承わりませねば、御用向も伺いませんで」
お玉の話だけでは、決して竜之助を満足させることはできませんでした。
遊女屋――女――金、その次に来るものは――この手紙の中にその消息が言い込められてあるはず。四つの目があって一つの用をもなさぬこの場の有様は、やっぱりお玉をして恥じ且つもどかしさに堪えざらしめたので、
「それから、あの、重々申しわけがございませんが、実はその手紙の中をもう拝見し
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