ち迷うていました。
「狂犬《やまいぬ》を打ち殺せ」
石や瓦や棒片《ぼうぎれ》が、立ち迷うているムクをめがけて雨のように降る。
ムク犬は決して狂犬《やまいぬ》になったわけではない。主人の危急を救わんとして狂犬にさせられてしまったのでありました。かわいそうに、ムク犬もこうしていれば、けっきょく狂犬としてここで殺されるよりほかはないのでありましょう。
時に天の一方から、
「どいた! どいた! どきあがれ」
鉄砲玉のように飛びこんで来た一人の小男、諸肌脱《もろはだぬ》ぎで竹の竿に五色の網。
「やいやい、ムクは狂犬じゃねえんだ、汝《てめえ》たちが狂犬にしちまったんだ、ムクを殺しやがると承知しねえぞ」
それは米友でありました。四尺の身体に隆々と瘤《こぶ》が出来て、金剛力士を小さくした形。
「イヨー米友!」
妙な役者が飛び出したと、屋根の上で見物していた弥次馬が一斉に囃《はや》し出すと、米友は網竿を水車のように廻して、
「ムクは温和《おとな》しい犬なんだ、今まで人を吠えたことも、食いついたこともねえ犬なんだ、それを汝《てめえ》たちが寄ってたかって狂犬にしてしまいやがる、ざまを見やがれ、その温和しいムクが怒るとこんなものなんだ、一疋の畜生に何百てえ人間が、吠面《ほえづら》あ掻《か》いて逃げ損《そこ》なっていやあがる、このうえ米友様の御機嫌を損ねたらどうするつもりだ、さあ通せ、道を開いて通せ、ムク様と米友様のお通りだから道を開いて素直《すなお》に通せやい」
「イヨー米友、大出来」
「通さなけりゃ、こっちにも了簡《りょうけん》がある、やい、早くそこの道を開きやがれ」
米友は勇気|凛々《りんりん》として、竿を打振って行手の群衆に道を開けと命令する。
「あいつは、あの通り小兵だけれども、肉のブリブリと締まっていることを見ろ、あれで力のあることが大したものなんだ、身体のこなしの敏捷《すばしっこ》いことと言ったら木鼠《きねずみ》のようなもので、槍を遣《つか》わせては日本一だ」
米友の手並は事実と誇張とで評判になって、恐怖の騒動の巷《ちまた》はここで一種の興味ある大人気を加えてしまいました。
その時、誰が投げたかヒューと風を切って飛んで来た拳大《こぶしだい》の石。
「何をしやがる」
竿の網を袋にならぬように強く張った五色の糸。それでムクの鼻面《はなづら》に飛んで来た石をパッと
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