村の総代は、打揃って裸になって水垢離《みずごり》をとって、かの護摩壇の修験者へ行って鎮火の御祈祷を頼むと、修験者は、
「遅い、遅い」
と冷淡に言ってのけた。
「昨夜、人知れず、御禊《みそぎ》の滝で水を浴びた女をつれて来い……その女が竜神村の禍《わざわ》いじゃ、その女をつれて来い」
さては、女の身でこの神聖な竜神の霊場をけがした者がある。その女を捉《つか》まえて、人身御供《ひとみごくう》に上げるでなければ、この火は鎮まらぬ、火を消すよりも、その女を求めることが急だ。
土地の人は血眼《ちまなこ》になって飛ぶ――
その女というのは誰――火を出した室町屋の女房、昨夜から行方知れずになったというお豊が怪しい。お豊はどこへ行った。室町屋の内儀はどこへ行った。
兵馬はこの時、ぜひなく神木屋にとどまって火を心配していた――今日あたりは七兵衛お松がこの地へ着くはずであるのに、あの火が道をふさぎはすまいか。
昨夜から降ったり止んだりしていた雨が、この時分になって、だんだん大降りになってきた。
その翌朝、山火事はいよいよ盛んに燃えている。雨もどんどんと降りつづいている。お豊を探すべく八方に飛んだ
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