お豊の言い分も肯《き》かず、このほとりへ上って来たはずであるが、雨に恐れて引返したことであろうと思われる。

 竜之助は肱《ひじ》を枕に夢に入る――
「おお、何を泣いている、お前はどこの子じゃ」
 いたいけな男の子、道の真中に立ち迷うて、さめざめと泣いているのを、竜之助は傍に寄って、その頭を撫《な》でながら、
「泣くでない、お前はよい子じゃ」
 竜之助の眼はハッキリとこの子供を見ることができるのを、自分ながら不思議に堪えないで、
「もう、日も暮れる。さ、わしが送って行って上げる、お前の家はどこじゃ」
「坊には家がない……」
 子供はしゃくり[#「しゃくり」に傍点]上げて言う。
「家がない? では、お父さんはどこにいる、父親は……」
「知らない……」
 子供はやっぱり面《かお》を上げないのです。
「知らない? お母さんは、母親はどこにいる」
「知らない、知らない」
「はて、お前には、家もない、父も母もないのか」
 竜之助は、この迷子《まいご》を、どのように扱うてよいのか当惑して、空《むな》しく頭を撫でながら、
「坊や、では、どうしてお前はここへ来た、誰につれられてここへ来た」
「知らない
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