、これこの通り和歌山の御城下から、お土産《みやげ》を買い込んで来たわい、さあ、早く一緒に帰りましょう」
 金蔵には恋女房である、この女一人を喜ばさんがためにはどんなことでもする、土産をひろげて女の喜ぶ面《かお》を早く見たい。手をとって連れて帰ろうとするのにも無理はない。
「金蔵さん……」
「何だ」
「わたし、この竜神さまへ心願をかけましたから、どうぞ、参詣をさして下さい」
「心願をかけたと……何か願いがあるのかい、何か不足があるのかい」
「いいえ、そういうわけではありませんけれど、急に信心ごころが出ました」
「そうかい、せっかくの信心ごころを止《と》めても悪かろう。それでは、わしも一緒に行こう、ついでだから、一緒にこの竜神さまへ上って拝んで行きましょう」
 金蔵は何でもお豊の言う通りです。
「けれども金蔵さん、神仏への信心は、ついででは罰が当ります、わたし一人で参りますから」
「なるほど、ついでの信心ごころはよくないかな。それでは、お前の拝むのを傍で見ていよう。さ、手をお出し、手を引いてこの石段を上らせて上げよう」
 金蔵は手をとって、お豊を引き上げてやろうとするのです。
「ようござい
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