ず》を布で捲《ま》いたのや、いずれも劇《はげ》しい戦いと餓《うえ》とにやつれた物凄《ものすご》い一団の人でしたから、
「やあ、お前様方は何だ」
「驚くことはない、これから紀州の方へ通る者だが道に迷うた、暫らく休息させてもらいたい」
「へえ、よろしゅうございます、こんな狭苦《せまくる》しいところでございますが」
 惣太は杉板を三枚合せて綴った戸をあけて、中へ一行を招《しょう》じ入れたが、気味の悪いことは夥《おびただ》しい。
「お前様方は、あの天誅組のお方様でございますか」
「何でもよろしい、そこを締めろ」
「へいへい」
「さあ、猟師、何か食うものはないか」
「別に何もございません、なにしろ、この通りの山小屋でございますからな」
「それは何だ」
「これは猪《しし》でございます」
「猪! それは至極《しごく》よろしい、その猪を売ってくれんか」
「お売り申してもよろしゅうございます」
「よしよし、それでは買おう、鍋もそのままにして、味噌か醤油もあるであろうな」
「エエ、ただいま出して上げまする」
 思わぬところで意外の御馳走《ごちそう》。一行は炉の周囲《まわり》をかこんで小舎《こや》いっぱいに
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