吠えられては物騒《ぶっそう》でなりませんな」
 二人が犬の吠えるのを頻《しき》りに気にしていると、浴室の戸をガタと開いて、一人の女中が面《かお》を出し、
「もし、お客様、恐れ入りますが、急にお湯をお上りなすってくださいまし、あの、お調べのお役人が参りましたから」
「ナニ、お調べのお役人が――」
 二人は面を見合せて、
「わしらは、別に調べられるような筋はごわせんが……」
 湯から上って、もう寝ようとする今時分に事改めて、調べの役人が向うなどとは、今までに例のないことで気味の悪い話です。二人は面を見合せて、
「何でごわすな、いったいお調べというは」
「はい、あの十津川筋とやらから、こちらへ悪者が落ちて参りましたそうで、それがため夜中《やちゅう》のお調べでございます」
「ああ、天誅組の落人《おちうど》か」
 犬の遠吠えもそれでわかった。

 この晩、調べに来た役人というのは仰々《ぎょうぎょう》しいものでありました。いずれも物の具に身を固めた兵士《つわもの》で、十津川から来たものと、紀州家の兵とが一緒になって、竜神村へ逃げ込んだ天誅組の余類《よるい》を探そうというのであります。
 それがため
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