外に早く火があがったのを怪しみながら走《は》せつける。
 この場で即死した二人のほか、焼け爛《ただ》れて歩行の自由を失い、藤堂の手で搦《から》められたものが一人、あり合う俵や菰《こも》を引っかぶって逃げ出し、折からの闇に紛《まぎ》れて行方知れずになったものが七人。
 しかし、このうち六人はその翌日《あくるひ》、紀州方面へ逃げて行くところを、紀州勢の見廻りに出会って山の中でつかまってしまいました。
 十一人のうち、十人まではこんなことで運命が定まったに拘《かかわ》らず、どうなったかわからないのがたった一人、それがすなわち机竜之助でありました。

         三

 紀伊の国、竜神村の温泉場で今宵《こよい》は烈しく犬が吠《ほ》えます。
 山村とは言いながら、客には慣れたはずのこの里で、こんなに犬の吠えるのは珍らしいことです。
 時はもう秋に入るのであるから、爽《さわや》かなるはずであるべき天候が、まだなんとなく雲を持って、桶《おけ》の底のようなこの土地を、ひたひたと上から押してくるようなので、湯の客人もなんだか、近いうちに暴風雨《あらし》でもなければよいがと言っていました。
 犬も、
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