へ参りませぬ故、これは十何年も前の話で、今は何とも申されぬが、まず島田殿ほどの名人は、十年や二十年に幾人《いくたり》と現われるものでなかろう、よき師匠をとり得てお仕合せに存じまする」
師匠のよい評判を聞くことは、兵馬にとって自分のことを聞くように嬉しい。どこへ行っても島田虎之助の剣術を賞《ほ》める言葉を聞くけれども、今日この人の口から聞くと、よけいありがたく思われる。ちょうど、最初に机弾正から島田虎之助の名を紹介された時と同じような確信をもって話しているように思われる。人の技倆を、それだけに見るほど、この人の修養もそれだけに深いものと思えば、奥床《おくゆか》しい思いがする。よい人に会ったと兵馬は謹んでその言うところを聞いていると、
「島田殿は珍らしい人じゃ、こちらから話しかければ、いくらでも聞く、聞いたばかりで自分は何も語らぬ」
丹後守は自分で自分のことを言っているようです。丹後守としてこんなに話がはずんでゆくのは、これまた珍らしいくらいでした。
「あの時分、島田は鉄砲玉じゃという渾名《あだな》があったそうな、それは、行ったきりで戻って来ない、つまり、こちらから話をしかけるとそれを
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