を噛《か》んで憤《いきどお》った。
「源太郎どの、賊は幾人ほどじゃ、何か見覚えはないか」
「たしか二人――わたしを撃っておいて、お豊を引捉《ひっとら》えて、馬に載せて、あちらへ、あちらへ」
源太郎の介抱《かいほう》を馬子に任せておいて、竜之助は立って前後を見る。乗って来た馬は駄馬である、所詮《しょせん》敵を追うべき物の用には立たぬ。
少し北へ寄った原中に、一つの小高い塚、その上には大きな松が聳《そび》えている。
すすきの茂る小野の榛原《はいばら》。竜之助はともかくもその塚までかけつけて、眼の届く限りを見渡す。ただ茫々《ぼうぼう》たる原野につづく密々たる深林と、遠くは峨々《がが》たる山ばかり、人の気配《けはい》は更にない。
「ああ……」
溜息《ためいき》をつくと共に冷然たる己《おの》れに返った。いくら尋ねても無駄! 案内知った者ならば、この野原をいずれの方角へでも逃げられる、逃げて窮すれば、山の中に入る、山でいけなければ、谷へ隠れる――不知案内の自分が、いくら追うたとて所詮《しょせん》無益である。
竜之助には、咄嗟《とっさ》の間《ま》にも利と不利とを判断する冷静があった。
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