てのひら》に載せてやりました。
「有難え、ありがてえ」
 惣太はおしいただいて、また少し行くと、今度はその後ろ影を見ていた金蔵が何か思い出したように、
「惣太さん――」
「何だい」
「お前、鉄砲を持ってるね」
「猟師に鉄砲を持ってるねと念を押すのもおかしなものだね、この通り持ってるよ」
「その鉄砲というやつは、素人《しろうと》にも撃てるものかい」
「そりゃ、撃てねえという限りはねえが」
「どのくらい稽古したら覘《ねら》いがつくんだい」

 何を考えたものか金蔵は、それから毎日のように岩坂の惣太が家へ鉄砲の稽古に出かけます。
 惣太の鉄砲を借りては的《まと》を立てて、しきりにやっているので、少しずつは物になります。今日は三発とも的に当てたので、得意になって、四発目に裏山の樅《もみ》の枝にたかっていた鴉《からす》に覘いを定めて切って放つと見事に失敗《しくじ》って、鴉は唖々《ああ》とも言わず枝をはなれてしまったから、
「駄目駄目」
 惣太は傍から、ニヤリニヤリと笑い、
「生き物は、まだ早い」
「それでも鴉ぐらい」
 金蔵は口惜《くや》しそうです。
「鴉ぐらいがいけない、鴉ほど打ちにくい鳥はな
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