っと寝込んでしまいました。
 お滝もやって来て心配そうな面《かお》をするが、それよりも与八の心配は容易なものではないのです、医者を呼ぶことはよしてくれと、逃げて来た手がかりを怖れてお松が頻《しき》りに止めるものだから、
「それでは風邪薬《かぜぐすり》でも買って来《く》べえ。それ、蒲団《ふとん》を頭のところからよく被《かぶ》っていねえと隙間《すきま》から風が入る」
 与八はお松に夜具を厚く被せてやって、風邪薬を買いに出かけると、それと行違いのようにやって来たのが伯母のお滝です。
「お松、気分はいいかい、さっき持たしてよこした玉子酒《たまござけ》を飲んでみたかい」
「はい、どうも有難うございました」
「与八さんはどこへ行ったの」
「買物に行きました」
「そうかい――」
 お滝は枕許《まくらもと》へ寄って来て、お松の額《ひたい》に手を当て、
「おお、なかなか熱がありますね、大切にしなくては……それからねお松」
 お滝は言いにくそうに、
「お前、なにかね、お鳥目《ちょうもく》を少しお持ちかね」
「はい」
「お持ちならばね、ほんとに申しにくいけれどね、商売の資本《もとで》に差支えたものだからね、
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