て女はなだめるように、
「どうと言うて真《しん》さん、今宵《こよい》はここへ泊って、明日はおとなしゅうお帰りなさるがお前のため、わたしのためでござんしょう」
「それが成るくらいなら……わしはこうしてここまで来はせぬわいな」
「そんなら、どうしようと言うの」
「それはお前の心を聞いての上」
「わたしの心はいま言うた通り」
「では、わしに京都へ帰れと言うの」
「それがおたがいの上分別《じょうふんべつ》」
「やと言うて、わしはもう京都へは帰られぬ」
「そんな駄々《だだ》を言うものではありませぬ」
「いやいやお前は何も知らぬ、わしが今日の身の上を知らぬ」
「今日の身の上というて、お前はやはり亀岡屋の跡を取る安楽な身分ではないか」
「それが違います、今の亀岡屋はお前の思うているような亀岡屋ではありやせぬ、わしの家は先月の十六日の夜に盗賊が入って……」
「あの、盗賊が?」
「軍用金じゃというて家の金銀は申すに及ばず、公儀よりお預かりの大切な品までもみんな奪って行きました」
「それは、ついぞ初めて聞きました」
「それに、わしが前からの身持ち、多分の使い込みが一時に現われて、ほんにもう立つ瀬がない」
「そんなこととは少しも知りませんでした」
「亀岡屋は丸つぶれ……父母へなんともお気の毒、それに不憫《ふびん》なは妹のこと」
「お雪さんが……」
「あ、島原へ身を売ってしまったわい」
男はホロホロと涙をこぼします。
「まあ、お雪さんが島原へ……」
女は驚いて、
「も一度くわしく話して下さい、お雪さまはもう勤めにお出なされたか、島原は何という家で、それはお母様も御承知のことか」
「このうえ尋ねてもらうまい……ともかくそれで、わしが京へ帰れぬわけを察してたも」
男は腕を深く組んで、しゃくり上げているようです。
竜之助とは火縄の茶屋で別れて、この若い男女は参宮に行くでもないし、地蔵堂に近い宿屋の離れ座敷に、こうして打明話《うちあけばなし》をし合って泣いている。峠で竜之助を苦しめた雨は、ここの中庭の植込をも物柔《ものやわら》かに濡らしている。関の小万の涙雨は、どちらへ降っても人に物を思わせると見えます。
「どうしましょうねえ」
今までなだめ気味であった女の方が、事情を聞いてから、いっそう力を落したようです。
「せめて妹の身を救うてやりたいが」
暫くたって男の声。外では雨がじめじめ降
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