わたり、なお信州、伊豆、甲州等の近国からも名ある剣客は続々と詰めかけ、武道熱心のものは奥州或いは西国から、わざわざ出て来るものもあるくらいで、いずれの剣士もみな免許以上のもの、一流一派を開くほどの人、その数ほとんど五百人に及び、既に数日前から山上三十六軒の御師《おし》の家に陣取って、手ぐすね引いて今日の日を待ち構えている有様です。
 以上五百人のうち、試合の場に上るのは百二十人ほどで、拝殿の前の広庭には幔幕《まんまく》を張りめぐらし、席を左右に取って、早朝、宮司の式が厳《おごそ》かに済まされると、それより試合は始まります。
 さても宇津木文之丞は、程なく山へ登って来て、いったん知合いの御師の家に立寄って、それから案内されて神前の広庭に出向き、西の詰《つめ》から幔幕を潜《くぐ》って場へ出て見ると、もはやいずれの席もギッシリ剣士が詰め切って、衣紋《えもん》の折目を正し、口を結び目を据《す》えて物厳《ものおごそ》かに控えております。自分はそっと甲源一刀流の席の後ろにつこうとすると、首座《しゅざ》の方に見ていた同流の高足《こうそく》広沢|某《なにがし》が招きますから、会釈《えしゃく》して延《ひ
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