も打込んで見惚《みと》れてしまったのです。前にも後にもこのような鮮やかな手筋を見たことがない、見ようとて見られるわけのものでもない。最初にはなにを島田が! 次には、ああ思ったより冴《さ》えた腕! その次は凄《すご》い! 最後には神か人か!
 だんだんに変化して行く心のうつり目が、かの前後の敵を一刀に斬り捨てたところに至って言句も思慮も及ばなくなりました。そうして最後に到着した結論は「我ついにこの人に及ばず」です。
 この結論は竜之助にとって生命をむしり[#「むしり」に傍点]取られるほどに辛《つら》い、けれども、どの手を行ってもこのほかに打つ手はない。
 この時ようよう起き上ったのが土方歳三で、彼は悲憤の涙で男泣きの体《てい》です。打ち落された刀を拾い取って同志十三人の死屍《しし》縦横たる中へ坐り直し、刀を取り直して腹に突き立てようとする。
 愕然《がくぜん》として醒《さ》めた机竜之助は、走り寄って土方の刀を押えます。



底本:「大菩薩峠1」ちくま文庫、筑摩書房
   1994(平成6)年12月4日第1刷発行
   1996(平成8)年3月10日第5刷
底本の親本:「大菩薩峠」筑摩書房
   1976(昭和51)年6月初版発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:(株)モモ
校正:原田頌子
2001年5月8日公開
2004年2月22日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全37ページ中37ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング