いう気になって、それが実行にかかったのはかなりロマンチックな仕事振りであった。
まずあの手引の古機械は美濃版がかかることになっているが、むろん美濃全紙面を印刷面にするわけには行かない、天地左右をあけて四六版の小型に組めば四面だけはかかることになっている、そこで一台に四頁を組みつけてそうして機械|漉《す》きの美濃半紙を一〆《ひとしめ》ずつ買って来てはそれにかけて甲源一刀流の巻の最初からやり出したものでとにかくあれが二三百頁あってそれを文選、植字、校正、印刷、一切一人で三百部だけ拵えて刷り上げたのである、然し三百部だけは刷り上げて見たけれども、その中には到底文字の読めない刷り損じが幾枚も出来て、結局ものになったのは、やっと二百五六十に過ぎなかったと思う、文選、植字、印刷、解版皆自分の手でやったが、ただ蓬莱町の店から真島町の自宅へゲラに入れて運ばせるのと、手引の向うへ廻ってルラを持たせてインキつけをさせる役目を弟やなにかにやらせたと思うが、それも皆んないやがってかなり泣き言をいっていたようだ、しかしそうして兎も角もあの甲源一刀流の巻の全部だけは右の如く三百部内高は二百五六十程度を刷り上げて
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